自分の写真をごっそり捨てた理由

先日、自分の小学生から結婚前までの写真をほぼ処分しました。

ほぼというのは、大量の写真をざっと見て、特に思い出に残っているイベントの写真はイベントごとに選りすぐりの1枚、もしくは数枚は残したからです。

いわゆる自分が”ときめく写真”のみ残しました。

たとえば、小学校、中学校、高校の修学旅行は各1枚、大学時代で数枚、社会人のときも数枚、今まで行った海外旅行の写真も旅行ごとにだいたい2枚ほど残して、自分が写っている写真のみ。

開いたノートパソコン1.5台分ぐらいの量の写真を処分しました。

手元に残ったのは小さめの贈答用のお菓子の箱に入るくらいの数の写真です。

処分した理由は ”これから見ることはないから” です。


前だけ向いて生きていく


わたしはこのブログを始めた理由にもあるように、これからどうなりたいか、だけを考えています。

過去は過去、学生時代の自分より今の自分が、1年前の自分より今の自分が、昨日の自分より今日の自分が好きです。

というか好きになるように毎日精いっぱい生きているつもりです。

だから過去のことには興味がない。

失敗したことは改善策を見つけてそのことはすぐ忘れる、楽しかったことは記憶に任せて過去は振り返らない。

わたしは前だけ向いて生きています。


こどもの写真は本人に預けるまでとっておく


わたしは結婚して家を出るときに母に写真を全部持って行くように言われました。

今も実家にある生まれたときからのアルバム2冊をのぞいて。

持ってきた写真はわたしのモノです。

写真は親のためのモノでもあるから勝手に処分してはいけない、って書いてあるのを読んだことありますが、持っていくよう言われた写真はわたしのモノです。

なのでわたしの責任で処分しました。

実家に残してきた生まれたときからのアルバム2冊は以前、母が姪たちと一緒に見たりしていたので実家に残してあります。

母のコメントも入っていて母にとって思い出のモノなのでしょう。

特に改めて聞いたことはありませんが。


写真のデジタル化は本当に便利


今は写真がデジタル化できるので本当に便利ですよね。

息子が写っている写真は息子のモノです。

息子の写真はすべてデータ保存してあるので、本人がほしいときにすぐ渡せます。

データ保存だとお互いに持っていられるからどうしようと本人の自由です。

息子の写真をわたしたちが処分することはないと思いますが…。

場所をとらないので処分しなくても特に問題はない。

データ保存しておけば空間が必要なモノに振り回されず、自分がデータを管理できます。

データは場所をとらないと言ってもこれから使うことのないデータは処分することは必要ですけどね。

モノは処分してもほとんどのモノは買い直すことができます。

写真はそれができません。

でも

今、使っていないモノなら思い切って処分する

これから使うことがないモノだから思い切って処分する

それがわたしの ”なりたい私” です。

ときめく少しの写真は残しちゃったけどね。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする